山の不作”だけが原因じゃない、「人里の魅力」という恐ろしい現実
こんにちは。 前回の記事では、2025年のクマ被害が「観測史上最悪」 であること、そして北海道積丹町の「猟友会出動拒否」 に象徴される、私たちを守る体制の「機能不全」という二重の恐怖について書きました。
「クマが怖い」 でも、それと同時に僕も感じているのは、「クマも命がけで人里に来ているのでは?」という、あなたが抱く疑問です。 「山に食べるものがなくなるほど、不作なんだろうか?」 「クマにとって山が住みにくくなっているんじゃないか?」
僕も、ただ「クマが悪い」と切り捨てる気にはなれません。 そこで今回は、「なぜ、クマは人里に出てこざるを得ないのか?」その根本原因を、2つの側面から徹底的にリサーチしました。
結論から言うと、原因は1つではありません。 山がクマを**「押し出す力(プッシュ要因)」と、 人里がクマを「引き寄せる力(プル要因)」**。 この2つが、2025年に最悪の形で重なってしまったのです。
理由①:山から押し出す力(プッシュ要因) - 深刻な「エサの大凶作」

まず、僕たちが想像している通り、山は今、深刻な食糧難に陥っています。
これが2025年の大量出没の、直接的な引き金です。 クマ、特にツキノワグマの秋の主食は、ブナの実やドングリ(ミズナラなど)といった、高カロリーな「堅果類」です。彼らは冬眠を前に、これを死に物狂いで食べて脂肪を蓄えなければ、冬を越せません。
しかし、2025年。 東北地方 や埼玉県 など、全国の広範囲で、この**ブナの実やドングリが「大凶作」**であるとの観測・予測が発表されました 。
山に主食がない。 だから、クマは生き残るために行動範囲を爆発的に広げ、代替食を探して人里にまで下りてこざるを得ないのです 。これが最大の「プッシュ要因」です。
山が「住みにくく」なっている構造的問題
さらに、この「エサ不足」は、天候だけの問題ではありません。 国会(参議院)の質問主意書でも指摘されているのが、**「奥山の生息環境悪化」**です 。
戦後、日本はスギやヒノキといった針葉樹の「人工林」を大量に植えました。しかし今、林業の採算悪化などで、その多くが間伐などの手入れをされずに荒廃しています 。 こうした荒れた人工林は、クマのエサとなるドングリの木(広葉樹)を育てません。クマが本来住むべき「奥山」の質が、長期的に低下しているのです 。
加えて、暖冬(積雪が少ない年)の影響も指摘されています。 雪が少ないとクマが早く冬眠から覚めてしまい、まだ山に十分な食料がない春先から活動を強いられ、結果的に人里近くでの出没が増える、という分析もあります 。
理由②:人里へ引き寄せる力(プル要因) - 私たちが作った「ごちそう」

…しかし。 もし、山に食べ物がなく(プッシュ要因)、人里にも食べ物がなかったら? クマは、わざわざ危険を冒してまで人里に定着しないはずです。
2025年の危機の**本当の恐ろしさは、むしろこちら(プル要因)にあります。 山から追い出されたクマが人里にたどり着いた時、そこは彼らにとって「最高に魅力的な“ごちそう”が溢れる餌場」**になってしまっているのです。
1. 「放置された果樹」という最強の誘引物
最大の原因が、放置された柿(カキ)、栗(クリ)、リンゴなどです。 人口減少や高齢化で管理されなくなった「耕作放棄地」 や、庭先に実ったまま収穫されない「放置果樹」は、クマにとって、ドングリなど比較にならないほど高カロリーで、簡単にてに入る「ごちそう」です。
札幌市で活動するNPO法人「EnVision環境保全事務所」は、クマの出没時に現地調査を行い、フンや食べ跡から原因を特定しています 。そして、その原因がこうした放置果樹であることを突き止め、市民ボランティアと共に伐採活動まで行っているのです 。 これは、「人里の放置果樹が、クマ出没の直接原因になっている」という動かぬ証拠です。
2. 「生ゴミ」という“クマ寄せ”
もう一つは、私たちが出す「生ゴミ」 です。 キャンプ場での残り物はもちろん、家庭ゴミを屋外に放置すること も、嗅覚の優れたクマを強力に引き寄せてしまいます。
かつて、山と集落の間には、人間が薪(まき)をとったり畑仕事をする「里山」という緩衝地帯(バッファゾーン)がありました 。 しかし今、その「境界線」が曖昧になり、クマにとって「人里=簡単に高カロリーの飯が食える場所」になってしまっている。 これが、僕たちが直面している「人里側の管理不全」という現実です。
まとめ:「かわいそう」だけでは解決しない。“都市型クマ”の誕生

今回のリサーチで、僕の考えは大きく変わりました。
「山に食べ物がなくて、かわいそうに…」 確かに、それが全ての始まり(プッシュ要因)です。
しかし、札幌市の市街地 や富山市の中学校そば に現れるクマは、もはや「山で迷った、かわいそうなクマ」ではありません。 彼らは、人里にある放置果樹 や生ゴミ の味を覚え、「人里は怖くない」「むしろエサ場だ」と**“学習”してしまった「都市型クマ(Urban Bears)」**なのです。
だからこそ、「山にドングリを返そう」という長期的な活動と同時に、今すぐ私たち人間側が「人里の“ごちそう”を徹底的に片付ける」という対策(プル要因の排除)をしなければ、この連鎖は止められないのです。
【次の記事(第3回)予告】 原因は分かりました。クマは「学習」して、人里をエサ場と認識し始めている。 では、そんなクマに、もし私たちが「出会ってしまったら」…?
「死んだふり」は有効なのか、それともNGなのか? 次回は、あなたの命を守るための「個人防衛マニュアル」を徹底的に解説します。