「殺す」以外の“賢い”選択肢。軽井沢と世界が実践する「共存戦略」
(カテゴリー:クマ駆除) (キーワード:クマ 共存 方法, 軽井沢 ベアドッグ, ピッキオ クマ対策, クマ ゴミ箱 海外, ベア・フレンドリー認証)
こんにちは。 前回の記事で、私たちは衝撃的な現実に直面しました。 「かわいそう」と「危ない」の議論 以前に、その「駆除」を命がけで担うハンターたちが、ボランティア同然の活動 や政治的圧力 によって限界に達しており、積丹町 のように「いざという時に来てもらえない」体制崩壊が現実化していること を知りました。
「駆除」という最後の砦が機能不全に陥っているなら、僕たちはもう打つ手なしなのでしょうか? 「クマも命がけ」、「人里にごちそうがある」…原因が分かっても、「殺す」しか選択肢がないのは、あまりにも辛い。
「うまく共存する方法はないのか?」
この切実な問いを胸にリサーチした結果、僕は「共存は可能だ」という確信を得ました。 ただし、それは「何もしない」ことではありません。「かわいそう」という感情論でもありません。 「科学」と「仕組み」によって、クマとの「境界線」を能動的に引き直す、“賢い”戦略です。
今回は、その具体的な成功例を、国内と海外から紹介します。
1. 国内最強の成功例:「軽井沢モデル」(NPOピッキオ)

日本で最も「共存」というテーマで成功している場所、それは長野県軽井沢町です。 この国内有数の別荘地は、NPO法人ピッキオの活躍により、14年以上にわたってクマによる人身被害ゼロを達成しています 。
彼らの武器は「銃」ではありません。「ベアドッグ(Bear Dog)」です 。
- ベアドッグとは? 米国で専門的な訓練を受け、クマの匂いや存在を察知する特殊な犬(カレリアン・ベアドッグ) です。
- 仕事は「追い払い」 彼らの仕事は、クマを殺傷することではありません 。人里近く(バッファゾーン)に出没したクマを発見すると、スタッフの指示で激しく吠え立て、クマを森の奥深くまで執拗に追い返します 。
- なぜ効くのか?(原理) クマは非常に「学習能力が高い」動物です。 ベアドッグに追われるという**「不快で危険な経験」**を繰り返すうちに、「人里=あのヤバい犬に追われる危険な場所」と学習します 。 これにより、クマの行動そのものを変容させ、人里への侵入を「未然に」防ぐのです。これは「嫌悪条件付け」と呼ばれる、高度な野生動物管理の手法です 。
軽井沢モデルが教えてくれるのは、「人里は危険だ」とクマに“教育”することで、境界線を再構築できるという希望です。
2. 海外の成功例①:「北米モデル」(ゴミ管理の徹底)

北米では、科学的な管理によってクマの個体数が回復するという「保全の成功物語」が各地で生まれています 。しかし、それは「クマが増えた、危ない」ではなく、「だからこそ、人間側が徹底管理する」という社会の合意に基づいています。
その象徴が、カナダ・アルバータ州のカンモア市です 。
- 核心戦略:「ゴミ」の完全遮断 カンモア市は、かつて人間とクマの衝突が多発していました 。 そこで市は、住民の安全とクマの保護のため、従来の各戸ゴミ収集を全廃。 代わりに、クマが絶対に開けることができない特殊な「耐クマ仕様(ベア・レジスタント)」の地域別大型コンテナ方式に、町ごと切り替えたのです 。
- 原理 これは、第2回で問題にした「人里のプル要因(ごちそう)」 を、物理的に、徹底的に排除する戦略です。 「人里=頑張っても一切エサが手に入らない場所」とクマに学習させる(パッシブ・ディフェンス)ことで、町中での衝突事故をほぼゼロにすることに成功しました 。
3. 海外の成功例②:「欧州モデル」(経済的インセンティブ)

ヨーロッパでは、農業や牧畜との共存がテーマです 。 イタリアのアペニン山脈 やクロアチア などで進められているのが、非常に現実的なアプローチです。
- 核心戦略:「物理防除」+「経済的利益」
- まず、農家や養蜂家に対し、「電気柵」 の設置や、家畜保護犬の導入を支援します 。
- そして、ここからがユニークです。電気柵などで適切に対策を講じている養蜂家のハチミツなどに、**「ベア・フレンドリー・ラベル」**という認証を与えるのです 。
- 原理 「クマとの共存のために、ちゃんと対策コストを払っている」という生産者の努力を、ブランド化・商品化する。 これにより、共存への努力が「経済的利益」として生産者に還元され、共存への強い動機付けが生まれます 。
まとめ:「共存」とは「人間側がコストを払う」こと
「かわいそう」と何もしないのは「無関心」です。 「危ない」と駆除に頼るだけでは、体制が崩壊 します。
軽井沢の「ベアドッグ」、カンモアの「ゴミ箱」、イタリアの「電気柵と認証ラベル」。
これらの成功事例に共通するのは、 「人里=クマにとって(餌が取れない)不快・危険な場所」 という環境を、人間側がコストと知恵を払って意図的に作り出し、その「境界線」を能動的に管理し続けることです。
これこそが、第2回で問題にした「人里のプル要因(放置果樹やゴミ)」 を断ち切り、科学的な「ゾーニング(棲み分け)」 を実現する、唯一の道なのです。
【次の記事(第6回・最終回)予告】 共存への道筋は見えました。 では、この「クマ・クライシス」を乗り越えるために、政府、地域社会、そして私たち個人は、明日から「何をすべき」なのでしょうか? 最終回は、このシリーズの総括として、具体的な「今後の対策」を提言します。